代償金を一括で払えないとき──分割払いの公正証書で押さえる5つの条項
代償金を分割払いにするとき、受け取る側が負うリスクは養育費の比ではありません。財産分与は民事執行法第151条の2の対象外で、給与の差押えは4分の1まで、勤務先情報の取得手続も使えないからです。制度の不足を補う公正証書の5条項と、評価額が月額をどう動かすかを示します。

「家は私がもらいたい。でも、1,000万円を今すぐ用意することはできません」。財産分与のご相談で、最も多くうかがうお言葉かもしれません。子どもの学区を変えたくない、住み慣れた家を手放したくない。その気持ちは切実なのに、代償金という現金の壁が立ちはだかります。
一方で、受け取る側にも別の不安があります。「分割でいいと言ったら、途中で払われなくなるのではないか」。この心配は杞憂ではありません。財産分与の代償金には、養育費のような強力な回収の後ろ盾が用意されていないからです。
私たち鑑定士は法律の専門家ではありませんが、この場面からは離れられません。分割にするか、何回に分けるか、利息を付けるか。その判断の出発点は、すべて「その家がいくらか」にあるからです。この記事では、分割払いという選択肢の現実を整理したうえで、公正証書に入れておきたい5つの条項を、想定されるケースの数字とともに示します。個別の条項案の当否は弁護士にご確認ください。
一括で払えないとき、選択肢は分割だけではありません
分割を検討する前に、通算と借換えを見る
財産分与は不動産だけを切り出して行うものではありません。預貯金、退職金、保険の解約返戻金。夫婦の財産全体を通算し、最終的な差額を調整するのが本来の形です。代償金が1,000万円でも、相手方が預貯金を多く取得する形にすれば、実際に動く現金は大きく圧縮できます。この考え方は退職金・預貯金・家をまとめて分ける──財産分与の「通算」の考え方で整理しています。
もうひとつ、住み続ける側が単独名義のローンに借り換え、代償金分を上乗せして借りる方法もあります。成立すれば代償金は一括で支払われ、以後の金銭のやり取りが残りません。ただし、上乗せ分まで担保評価が足りるか、単独の収入で返済負担率(年収に占める年間返済額の割合。金融機関ごとに上限が設けられています)が収まるかという二重のハードルがあります。手続きの順序は離婚とローン借り換え──「家をもらう側」が先に銀行へ行くべき理由をご覧ください。
それでも分割が必要になる場面
通算でも吸収できず、借換えも通らない。それでも家を手放したくない。この三つが重なったとき、初めて分割払いが現実的な選択肢になります。
分割払いは、支払う側にとって数年間の固定支出を背負う決断であり、受け取る側にとっては回収リスクを引き受ける決断です。他の手段を尽くしたうえで選ぶものだと私たちは考えています。
代償金の分割払いには、養育費のような後ろ盾がありません
給与の差押えは4分の1までです
養育費や婚姻費用が支払われなくなった場合、給与を差し押さえられる範囲は手取額の2分の1までです。民事執行法第152条が定める原則の差押禁止範囲(手取額の4分の3)を、同法第151条の2が緩和しているためです。
しかし、財産分与の代償金は、この第151条の2が挙げる債権に含まれていません。民法第752条の夫婦間の協力扶助義務、第760条の婚姻費用分担義務、第766条の子の監護に関する義務、第877条から第880条までの扶養義務。条文が列挙しているのはこれらであり、財産分与はどこにも出てきません。つまり原則どおり、差し押さえられるのは給与の4分の1までです(手取額が政令の定める額を超える場合は、その超過部分も対象になります)。
勤務先を調べる手続きも使えません
支払いが止まったとき、相手の財産を探す手段として民事執行法の第三者からの情報取得手続があります。2020年4月施行の改正で整備された仕組みで、金融機関から預貯金の情報を(同法第207条)、法務局から不動産の情報を(同法第205条)取得できます。ここまでは代償金の債権者でも使えます。
ところが、市町村や日本年金機構から勤務先の情報を取得する手続(同法第206条)は、養育費などの扶養義務に係る請求権を持つ債権者と、生命・身体の侵害による損害賠償請求権を持つ債権者に限られています。財産分与の代償金は対象外です。相手が転職して勤務先が分からなくなれば、給与の差押えそのものが事実上できなくなります。
二つの制度を並べて見る
| 場面 | 養育費・婚姻費用 | 財産分与の代償金 |
|---|---|---|
| 給与の差押え可能額 | 手取額の2分の1まで | 手取額の4分の1まで |
| 勤務先情報の取得 | 利用できる | 利用できない |
| 将来分の一括差押え | 一部不履行があれば可能 | 原則として期限到来分のみ |
養育費は子の生活を守るため強く保護されていますが、代償金は財産の清算ですから、そこまでの保護はありません。この差を埋める手段が、書面の作り込みです。
公正証書で押さえる5つの条項
以下は一般的に置かれることの多い条項の考え方です。実際の文言と、ご自身の事案に必要な条項の取捨選択は、弁護士にご確認ください。
条項1:強制執行認諾文言
分割払いを公正証書にする最大の目的が、これです。民事執行法第22条第5号は、金銭の一定の額の支払を目的とする請求について公証人が作成した公正証書のうち、債務者が直ちに強制執行に服する旨の陳述が記載されているものを債務名義としています。この一文があれば、支払いが止まったときに、改めて裁判を起こすことなく差押えに進めます。
逆に言えば、この文言のない公正証書は、公証人が関与した合意書にすぎません。費用をかけて作りながら、この一行が抜けているために訴訟からやり直しになる。必ず確認してください。
条項2:期限の利益喪失約款
60回払いの合意をしても、支払いが止まったときに請求できるのが「その月の分だけ」では回収は現実的ではありません。残り全額を一度に請求できる状態にする取り決めが、期限の利益喪失約款です。注意すべきは、法律上の規定だけでは足りない点です。民法第137条は期限の利益を失う場合として、債務者が破産手続開始の決定を受けたとき、担保を滅失・損傷・減少させたとき、供すべき担保を供しないときの三つを挙げるのみで、「分割金の支払を怠ったとき」は入っていません。
ですから、支払いを怠った場合に残額全部の支払義務が生じる旨を、合意として書き込む必要があります。実務では「2回以上怠り、その額が一定額に達したとき」のように、一度の遅れで即座に全額請求とならない緩衝を設ける例も見られます。断言しますが、この一文の有無で回収の現実味は変わります。
条項3:遅延損害金
支払いが遅れた場合の損害金を定める条項です。定めがなくても、金銭債務の遅延損害金は民法第419条により法定利率で計算されます。民法第404条の法定利率は3年ごとに見直される変動制で、2026年4月から2029年3月までの第3期も年3%に据え置かれています。
約定利率を法定利率より高く定めることもできますが、遅延損害金は制裁ではなく損害の塡補だという建て付けです。法定利率を大きく超えない範囲で定める例が一般的です。
条項4:名義移転と支払いの連動
分割払いでは、名義をいつ移すかで双方のリスクの所在が正反対になります。先に移せば支払う側は安心ですが、受け取る側は担保のない状態で5年間を過ごします。完済まで移さなければ、受け取る側は安心ですが、支払う側は払い終わるまで自分の家にならない状態が続きます。
折衷案として、名義は先に移したうえで、代償金債権を担保するために抵当権を設定する形が取られることがあります。ただし住宅ローンが残っていれば、その抵当権に劣後する第二順位となり、担保としての実効性は家の価値と残債の関係次第です。名義変更の手続きは財産分与で家をもらったら、名義変更はいつ・どうやるのかで整理しています。
条項5:住所・勤務先の変更通知義務
前章で見たとおり、代償金の債権者は勤務先情報の取得手続を使えません。相手の所在と勤務先を、自力で把握し続ける必要があるということです。
住所または勤務先を変更したときは速やかに通知する、という義務を条項に置く。これ自体に強制力は乏しいものの、通知義務違反を期限の利益喪失事由と結びつけておけば、一定の抑止力にはなります。制度で守られていない分を合意で補う発想です。
5つの条項の役割
| 条項 | 目的 | 根拠・注意点 |
|---|---|---|
| 強制執行認諾文言 | 訴訟なしで差押えへ | 民事執行法第22条第5号 |
| 期限の利益喪失 | 残額を一括請求可能に | 民法第137条だけでは不足 |
| 遅延損害金 | 遅延分の塡補 | 民法第404条・第419条 |
| 名義移転と担保 | 未払いリスクの配分 | ローン残債があれば劣後 |
| 変更通知義務 | 所在・勤務先の把握 | 喪失事由と連動させる |
想定されるケース──1,000万円を60回払いにする
以下は実在の案件ではなく、論点を整理するために組み立てた想定されるケースです。
前提と、利息の有無による差
自宅の時価3,600万円、住宅ローン残債1,600万円。実質的な価値は2,000万円で、2分の1ルールに従えば代償金は1,000万円です。他に通算できる財産は乏しく、妻が家に住み続けて夫に1,000万円を支払う形で合意しました。妻は一括では用意できず、5年60回の分割を提案しています。
| 条件 | 毎月の支払額 | 支払総額 |
|---|---|---|
| 無利息・60回 | 約16万7,000円 | 1,000万円 |
| 年3%・60回 | 約18万円 | 約1,078万円 |
| 年3%・36回 | 約29万1,000円 | 約1,047万円 |
無利息とするか利息を付けるかは、当事者の合意事項です。5年待つことの対価という理屈も、財産の清算に利息はなじまないという考え方も成り立ちます。回数・利息・担保の三つをセットで交渉するものだとお考えください。
評価額が動けば、60回分がまるごと動きます
| 自宅の評価額 | 代償金 | 60回払いの月額(無利息) |
|---|---|---|
| 3,200万円 | 800万円 | 約13万3,000円 |
| 3,600万円 | 1,000万円 | 約16万7,000円 |
| 4,000万円 | 1,200万円 | 約20万円 |
評価額が400万円動けば代償金は200万円動き、毎月の負担は約3万3,000円変わります。それが60回続くのです。一括払いなら一度きりの差ですが、分割払いでは、評価の食い違いが5年間にわたって家計を圧迫し続けます。査定書を何通も集めて平均を取る決め方では、この重みに耐えられません。この点は査定書を何通も集めるほど、話し合いがこじれる理由でも触れています。
公正証書を作る前に、評価を固めておく
手数料は「目的の価額」で決まります
公正証書の作成手数料は、公証人手数料令第9条の別表により、目的の価額に応じて定められています。代償金の分割払いであれば、その金額が目的の価額の基礎になります。
| 目的の価額 | 基本手数料 |
|---|---|
| 500万円超1,000万円以下 | 2万円 |
| 1,000万円超3,000万円以下 | 2万6,000円 |
| 3,000万円超5,000万円以下 | 3万3,000円 |
このほか正本・謄本の交付や送達に係る費用が加わります。具体的な算定は事案によって異なりますので、作成を依頼する公証役場にご確認ください。
作成後に「やはり評価額が高すぎた」という話が蒸し返されれば、合意そのものをやり直すことになります。順序は、評価を固める、通算と支払方法を設計する、条項を詰める、公正証書にする。公正証書は合意を固める道具であって、合意の内容を作ってくれる道具ではありません。
私たちがお手伝いできること
当事務所では、不動産鑑定評価基準に則った鑑定評価書を20万円から60万円、基準に則らない価格等調査報告書を10万円から15万円(いずれも税別)を目安としています。相手方の査定書に対するセカンドオピニオンは5万円から承っています。
分割払いを前提とする協議では、双方が納得できる根拠を備えた評価であることが特に重要です。5年続く合意ですから、どちらかが「押し切られた」と感じたまま始まれば、後の不履行につながりかねません。なお、代償金の授受に伴う税務上の取扱いについては、税理士にご確認ください。
まとめ
代償金を一括で払えないとき、分割払いは選択肢のひとつです。ただし受け取る側が引き受けるリスクは、養育費のそれとは比べものになりません。制度で守られていない分を、書面で補う必要があります。
要点を振り返ります。
- 分割払いを検討する前に、財産全体の通算とローン借換えで現金を作れないかを確認する
- 財産分与の代償金は民事執行法第151条の2の対象外で、給与の差押えは手取額の4分の1までにとどまる
- 同法第206条の勤務先情報取得手続も利用できないため、相手の転職で回収が困難になりうる
- 公正証書には強制執行認諾文言(民事執行法第22条第5号)が不可欠。これがなければ訴訟からやり直しになる
- 分割金の不払いを期限の利益喪失事由とする条項は、民法第137条には規定がないため合意で置く必要がある
- 想定されるケースでは、評価額が400万円違うだけで60回払いの月額が約3万3,000円変わり、その差が5年間続く
家を取得する代わりに代償金を支払う側の方、分割払いを提案された受け取る側の方、そして依頼者の支払条件を設計される弁護士の先生。条項を詰める前に固めるべきは、掛け算のもとになる評価額です。そこが揺れていれば、どれだけ精緻な条項を置いても合意は揺れ続けます。
離婚に伴う自宅の評価でお悩みの方、依頼者の財産分与を支援される弁護士の先生は、初回無料相談をご利用ください。分割払いを見据えた協議か、一括での清算を目指す局面かをうかがったうえで、鑑定評価書と価格等調査報告書のどちらが目的に見合うかをご案内します。お見積りは無料です。
免責事項
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