「結婚前に買った家だから私のもの」は通るのか──婚姻中の返済分を按分する3つの数字
「結婚前に買った家だから財産分与とは関係ない」という主張は、ローンが残ったまま婚姻していれば全部は通りません。婚姻中に返した元本が購入価格に占める割合で共有部分を出す基本式を示し、当てはめ方の違いで270万円変わる想定ケースを表で比較します。

「この家は結婚する前に、私が自分で買ったものです。だから財産分与とは関係ないですよね」。離婚のご相談で、この質問をいただくことがあります。登記も自分の名義、契約書の日付も婚姻届を出す前。そう考えるのは自然なことです。
ところが実務では、この主張がそのまま全部通ることは多くありません。理由は単純で、家を「買った」ことと、家の代金を「払い終えた」ことは別の出来事だからです。婚姻前に住宅ローンを組んで買った家は、結婚したあとも毎月返済が続きます。その返済は夫婦の家計から出ていて、そこには相手の協力も乗っています。だから実務では、婚姻中に返した分が購入代金全体に占める割合を出し、その割合に対応する部分だけを夫婦の共有として扱う、という整理がされます。
そして割合を出すには数字が要ります。購入価格、婚姻中に減ったローン残高、現在の不動産の価値。この3つが揃わないと計算が始まりません。この記事では、按分の基本式と、同じ事案でも当てはめ方で数百万円変わる仕組みを、想定されるケースの数字で追いかけます。対象になるかどうかの法的判断は弁護士にご相談ください。
「婚姻前に買った=全額特有財産」が成り立たない理由
民法第762条第1項が守るもの
民法第762条第1項は、「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする」と定めています。婚姻前に取得した不動産は、この「婚姻前から有する財産」にあたります。ここまでは、冒頭の主張のとおりです。
ただしこの条文が守っているのは、あくまで「婚姻前から有していた分」です。婚姻前の時点でいくら支払い終えていたのか、という問いが次に来ます。頭金だけを入れて残りをローンにしていたなら、婚姻前に自分の財産で取得できていたのは、その頭金と婚姻前の返済分に対応する部分にとどまります。
ローンは「買った時点」で終わっていない
たとえば婚姻の3年前に4,000万円の家を買い、頭金600万円、ローン3,400万円だったとします。婚姻の時点でローン残高が3,000万円あるなら、代金4,000万円のうち1,000万円しか自分の財産で払い終えていません。残りの3,000万円は、これから夫婦の家計で返していく借金です。
この構造がある限り、「婚姻前に買ったから全部自分のもの」という言い方は、支払いの実態と合いません。実務がこの主張を丸ごとは認めないのは、意地悪をしているからではなく、代金の払われ方を追うと自然にそうなるからです。
改正民法が書き込んだ「維持」への寄与
2026年4月1日、民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)が施行されました。改正後の民法第768条第3項は、家庭裁判所が考慮する事情として「当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度」を挙げ、その寄与の程度が異なることが明らかでないときは相等しいものとする、と定めています。
このテーマにとって重要なのは、「取得」と並んで「維持」が書かれた点です。婚姻前から一方が持っていた不動産であっても、婚姻中にその返済を続け、固定資産税や修繕費を家計から払って保ってきたのであれば、そこに他方の寄与が乗っていると評価され得ます。条文は、按分という発想の土台をはっきりさせたと言えます。
按分の基本式──3つの数字で共有部分を出す
使うのは購入価格・婚姻中の返済額・現在の時価
実務で使われてきた考え方は、次の形に整理できます。
共有部分の金額 = 現在の時価 × (婚姻中に返済した元本の額 ÷ 購入価格)
購入価格で割るのは、代金全体のうちどれだけを夫婦で負担したかという割合を出すためです。その割合を現在の時価に掛けることで、いまの価値のうち夫婦が作った部分を取り出します。婚姻前に購入した自宅について、婚姻中の返済額が取得価格に占める割合を基礎に共有部分を算出した審判例もあります(さいたま家庭裁判所川越支部 審判 平成29年4月28日)。
「返済した額」は元本で数える
ここで一つ注意があります。毎月の返済額には利息が含まれています。返済総額をそのまま足すと、実際には元本として減っていない利息分まで数えることになり、割合が大きく出ます。
素直なのは、婚姻時のローン残高と別居時のローン残高の差を取る方法です。残高の差はそのまま元本の減少額ですから、返済予定表を追わなくても、2時点の残高証明書があれば出せます。
頭金や親からの援助がある場合
頭金を独身時代の貯金から出していたのであれば、その部分は婚姻前の自分の財産で取得した部分として、上の式では「婚姻中の返済額」に入りません。結果として共有割合が下がります。親からの贈与を頭金に充てた場合の考え方は、「頭金は私の貯金から出した」は財産分与で考慮されるのかで整理しました。
逆に、婚姻後に相続したお金でまとめて繰上返済をしたのであれば、その返済は夫婦の家計から出たものではありません。原資がどこから来たのかを通帳で追えるかどうかが、そのまま金額に跳ね返ります。
数字で確かめる──想定されるケース
以下は想定されるケースとして前提を置いたもので、実在の事案ではありません。
前提を置く
- 夫が婚姻の5年前に、自宅(土地・建物)を4,000万円で購入した。頭金600万円は独身時代の貯金、住宅ローンは3,400万円
- 婚姻した時点のローン残高は3,000万円
- 別居した時点のローン残高は1,800万円。婚姻期間は14年
- 別居時点の自宅の時価は3,200万円。返済は一貫して夫名義の口座から行われ、妻は専業主婦だった
婚姻中に減った元本は3,000万円-1,800万円=1,200万円。共有割合は1,200万円÷4,000万円=30%です。
当てはめ方が2つあり、結論が変わる
基本式のとおり時価に割合を掛けると、共有部分は3,200万円×30%=960万円。2分の1ルールを当てはめれば妻の取り分は480万円です。
一方、先に残っているローンを引いて手取りの価値を出し、そこに割合を掛ける考え方もあります。時価3,200万円-残債1,800万円=1,400万円が実質的な価値で、その30%は420万円。妻の取り分は210万円になります。
| 当てはめ方 | 共有部分 | 妻の取り分 |
|---|---|---|
| 時価に割合を掛ける | 960万円 | 480万円 |
| 残債控除後に割合を掛ける | 420万円 | 210万円 |
差は270万円です。どちらが正しいと一律に決まっているわけではなく、残債の負担を誰がどう引き受けるのかとセットで議論されます。断言しますが、どちらの当てはめを前提に話しているのかを確かめないまま金額だけを比べても、話は噛み合いません。
時価が動くと共有部分も動く
この式は、現在の時価をそのまま掛けます。つまり値上がりも値下がりも、共有割合の分だけ両者に配分されます。
| 別居時の時価 | 共有部分(30%) | 妻の取り分 |
|---|---|---|
| 2,600万円 | 780万円 | 390万円 |
| 3,200万円 | 960万円 | 480万円 |
| 4,600万円 | 1,380万円 | 690万円 |
時価が1,000万円違えば取り分は150万円動きます。購入価格と婚姻中の返済額は資料で決まる固定値ですが、時価だけは評価の問題です。争いになる場所がここに集中するのは、そのためです。なお、どの時点の価格を使うのかという論点は財産分与の「基準時」は1つではない──財産の範囲は別居時、評価は裁判時で整理しました。
式が答えを出してくれない論点
残債が時価を上回っている場合
上の例で時価が1,500万円まで下がっていれば、残債1,800万円を下回ります。いわゆるオーバーローンで、この場合は分与の対象となる財産をゼロと評価する扱いが一般的です。割合を掛ける前の土台が無いのですから、按分の議論に進みません。ただし「本当にオーバーローンなのか」は査定の取り方次第で変わります。この点はオーバーローンの家を離婚で売るとき──任意売却という言葉が出てきたらをご覧ください。
婚姻中に増改築をしている場合
婚姻前に買った家に、婚姻中に夫婦の預貯金でリフォームを入れていれば、ローン返済とは別に共有部分が乗ります。返済による按分と、工事による価値の増加を、二重に数えないよう整理する必要があります。
固定資産税や修繕費は寄与に入るのか
毎年の固定資産税、給湯器の交換、外壁の塗り替え。これらを家計から払ってきた事実は、改正民法第768条第3項が言う「維持」への寄与に触れます。ただし金額としてどう反映させるかは、按分の割合に織り込むのか、別枠の調整要素として扱うのかで扱いが分かれます。ここは法律判断の領域ですので、弁護士にご確認ください。
揃える資料と、評価でつまずく点
先に確保しておく資料
| 資料 | 何がわかるか | 入手先 |
|---|---|---|
| 売買契約書・重要事項説明書 | 購入価格と購入時期 | 手元の書類 |
| 住宅ローンの残高証明書 | 婚姻時・別居時の残高 | 借入先の金融機関 |
| 返済予定表 | 元本と利息の内訳 | 借入先の金融機関 |
| 登記事項証明書 | 名義・抵当権の設定時期 | 法務局 |
残高証明書は過去の日付でさかのぼって取れないことがあります。婚姻時点の残高は、当時の返済予定表か、年末に届くローン控除用の残高証明書の控えから拾うのが現実的です。
「購入価格」の物差しを揃える
意外に揉めるのが購入価格です。売買代金だけを指すのか、仲介手数料・登記費用・ローン事務手数料まで含めた取得費を指すのか。分母が変われば割合が変わります。どちらを使うかを決め、その理由を説明できる状態にしておいてください。
分子と分母で物差しがずれるのも避けるべきです。取得価格に諸費用を含めるなら、比較する現在の時価も同じ考え方で揃えるのが筋です。
時価は「価格時点」を明示した評価で出す
不動産鑑定評価基準は、価格判定の基準となる日を「価格時点」と定め、明示することを求めています。財産分与では別居時や裁判時といった特定の日の価格が必要になりますが、仲介会社の無料査定は今売るといくらかを示すもので、過去の日付を指定して出すものではありません。
当事務所では、話し合いの土台をつくる価格等調査報告書を10万円〜15万円、調停・訴訟を見据えた鑑定評価書を20万円〜60万円(いずれも税別)で承っています。相手方が出してきた査定書の妥当性を検証するだけであれば、5万円〜のセカンドオピニオンもご利用いただけます。なお、按分の結果として持分や代償金をやり取りする際の税金の取扱いは、必ず税理士にご確認ください。
まとめ
結婚前に買った家は、全額が自分のものとは限りません。婚姻中に夫婦の家計から返した分だけ、共有の部分が育っています。その大きさを決めるのは感情ではなく、購入価格・婚姻中の元本返済額・現在の時価という3つの数字です。要点を振り返ります。
- 婚姻前に取得した不動産は民法第762条第1項の特有財産にあたるが、ローンが残ったまま婚姻していれば全額が特有財産にはならない
- 按分の基本式は「現在の時価 × 婚姻中に返済した元本 ÷ 購入価格」。婚姻時と別居時のローン残高の差を取れば元本の返済額が出る
- 同じ事案でも、時価に割合を掛けるか、残債を引いた後に割合を掛けるかで結論は変わる。想定ケースでは270万円の差が生じた
- 時価が動けば共有部分も同じ割合で動く。争点が時価に集中するのはこのため
- 残債が時価を上回る場合は対象財産をゼロと評価する扱いが一般的で、按分の議論に進まない
- 2026年4月1日施行の改正民法第768条第3項は、財産の「取得」だけでなく「維持」への寄与も考慮要素として明示している
独身時代に購入した自宅をお持ちの方、配偶者名義の家に何年も一緒に返済してきた方、そして依頼者の按分主張を組み立てられる弁護士の先生にとって、この計算は取り分そのものを決める作業です。相手の言い値で割合を受け入れる前に、3つの数字を自分の手元で確かめる順序をおすすめします。按分の当否という法的判断は弁護士に、税金の取扱いは税理士にご確認ください。
結婚前に購入した自宅の按分でお困りの方、依頼者の特有財産の主張を支援される弁護士の先生は、初回無料相談をご利用ください。どの時点の評価が必要になるのか、その見立てからお答えします。
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
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