財産分与の基礎

「相続した実家は分けなくていい」は本当か──特有財産の原則が崩れる4つの場面

相続した家は財産分与の対象外が原則です。ただし婚姻中の資金で増改築した、売って買い替えた、収益物件を家計で回した、資料が無い、という4つの場面で線引きは崩れます。按分の2つの考え方を数字で比較し、必要になる複数時点の評価を整理します。

著者:吉田 健人·読了 約14
「相続した実家は分けなくていい」は本当か──特有財産の原則が崩れる4つの場面

離婚の話し合いで、相続した不動産が出てくることがあります。親から受け継いだ実家、祖父母から引き継いだ土地、相続した賃貸アパート。多くの方が「親からもらったものだから、財産分与とは関係ないはずだ」と考えます。

その理解は、出発点としては正しいものです。相続で得た財産は「特有財産」(夫婦が協力して築いたのではない、一方に固有の財産)にあたり、財産分与の対象から外れるのが原則です。ところが実務では、この原則がそのまま通ることばかりではありません。相続した家に夫婦の貯金で大規模なリフォームを入れていた、相続した家を売って夫婦のローンで買い替えていた。こうした事情があると、「全部が特有財産」という主張は途中で崩れます。

そして崩れたとき、次に必要になるのは法律論ではなく数字です。全体のうちどこまでが特有で、どこからが夫婦の共有なのか。その線を引くには、不動産の価値がいつ・いくらだったのかを複数の時点で押さえなければなりません。この記事では、原則が崩れる典型パターンと、崩れたあとに何を測ることになるのかを整理します。対象になるかどうかの法的判断は弁護士にご相談ください。

相続した不動産が原則として対象外になる理由

民法が定める「特有財産」

民法第762条第1項は、「夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産とする」と定めています。相続で取得した不動産は、婚姻中の出来事でも夫婦の協力によって得たものではないため、この「自己の名で得た財産」にあたると扱われるのが一般的です。

財産分与の対象になるのは、婚姻中に夫婦が協力して取得し、または維持した財産です。相続はそこに入りません。最高裁も、夫婦別産制を定めた同項が憲法第24条に違反しないと判断しています(最高裁大法廷判決 昭和36年9月6日)。相続財産が原則として分与の対象外であるという扱いは、この夫婦別産制を土台にしています。

令和8年4月施行の改正民法が置いた前提

2026年4月1日、民法等の一部を改正する法律(令和6年法律第33号)が施行されました。改正後の民法第768条第3項は、家庭裁判所の考慮要素として「当事者双方がその婚姻中に取得し、又は維持した財産の額及びその取得又は維持についての各当事者の寄与の程度」などを明示し、「その程度が異なることが明らかでないときは、相等しいものとする」としています。実務で定着していた2分の1ルールが条文に書き込まれた形です。

このテーマにとって重要なのは、条文が「取得」だけでなく「維持」への寄与も並べて書いた点です。もともと一方の特有財産であっても、婚姻中にその価値を保ち、高めることに他方が寄与していれば、その寄与は評価の対象になり得ます。相続した実家を夫婦で手を入れながら守ってきたという事情は、まさにここに触れます。なお同じ改正で、財産分与を家庭裁判所に請求できる期間が2年から5年に伸びました(2026年3月31日以前に離婚した場合は2年のままです)。

立証できて初めて「原則」に立てる

見落とされがちなのが立証の問題です。「相続でもらったものだ」という主張は、主張する側がその事実と範囲を示して初めて通ります。登記原因、遺産分割協議書、相続税の申告書、資金の流れがわかる通帳が揃って、ようやく原則の側に立てます。

境界線が崩れる4つの場面

場面1:婚姻中の資金で増改築・修繕をした

もっとも多いのがこれです。相続した実家に夫婦で住み、築年が経つにつれて水回りを入れ替え、屋根と外壁を直し、間取りを変えた。工事費は夫婦の預貯金や夫婦名義のローンから出ている。

この場合、建物の現在の価値のなかに、夫婦が拠出した資金によって生まれた部分が含まれています。そこまで「相続したものだから対象外」とするのは無理があり、実務では増改築による価値の増加分、または夫婦が拠出した資金の割合に相当する部分を分与の対象として扱う整理がなされます。

注意すべきは、工事にかけた金額がそのまま価値の増加になるわけではない点です。1,200万円のリフォームをしても、時価が1,200万円上がるとは限りません。この論点はリフォームした家の財産分与──かけたお金と上がる価値は一致しないで詳しく扱っています。

場面2:相続した家を売って、夫婦のローンで買い替えた

相続した実家を売却し、その代金を頭金に充てて夫婦名義で新居を購入したケースです。売却代金は相続財産が姿を変えたものですから、頭金に対応する部分は特有財産としての性質を保つと考えられます。一方、住宅ローンで賄った部分は夫婦が婚姻中に返済した共有の財産です。新居は最初から、特有と共有が混ざった資産として存在しています。

構造は独身時代の貯金を頭金にした場合と同じで、按分の考え方は「頭金は私の貯金から出した」は財産分与で考慮されるのかで整理しました。相続の場合に特有なのは、売却代金のうちいくらが頭金に入り、いくらが生活費に消えたのかを通帳で追い切れるかが勝負になる点です。

場面3:相続した収益物件を夫婦の家計で回した

相続したアパートや貸家があると、話はさらに込み入ります。家賃収入を夫婦の生活口座で受け、そこから固定資産税・修繕費・管理費を払い、余りを家計に入れていた。物件そのものは相続財産ですが、婚姻中に生じた家賃収入は扱いに議論があり、夫婦の協力で得た収入として分与の対象に含める整理がされることもあります。大規模修繕を夫婦の資金で行っていれば、場面1の問題も重なります。

加えて収益物件は評価の方法が自宅と違い、賃料と経費から収益価格を求める手順が中心になります。相続時点と現在で稼働状況が変われば、価値の動きが工事の効果なのか市況や空室の変化なのかを切り分ける作業も要ります。

場面4:資料が無く、特有財産だと示せない

事情としては単純で、結果としてはもっとも厳しい場面です。相続で得たことは事実なのに、それを示す資料が残っていない。古い相続で協議書が見つからない、当時の通帳を処分した、見積書も領収書も無い。こうなると、主張の裏付けを出せません。

資料何を示すか無いとどうなるか
登記事項証明書取得の原因と時期登記で追えるため影響は小さい
遺産分割協議書・相続税申告書取得した財産の範囲相続した資産の内訳を特定しにくい
購入時の売買契約書買い替え時の価格構成頭金の割合を数字で示せない
工事の見積書・請求書・通帳増改築の時期・金額・出どころ共有資金の拠出額を主張できない

離婚を意識した段階で、これらを探して手元にコピーを確保しておいてください。

混ざったときにいくら分けるのか──数字で確かめる

境界線が崩れた事案でいくらが分与の対象になるのかを、数字で見ます。以下は想定されるケースとして前提を置いたもので、実在の事案ではありません。

前提を置く

  • 妻が婚姻8年目に、親から実家(土地・建物)を相続した。相続時点の時価は2,000万円(土地1,600万円、建物400万円)
  • その6年後、夫婦の預貯金から1,200万円をかけて全面リフォームを実施した(水回り・内装・外壁・屋根)
  • さらに4年後、離婚協議が始まった。現在の時価は2,800万円。婚姻期間は通算18年

考え方A:拠出割合で按分する

もっともシンプルなのは、特有財産からの拠出と共有財産からの拠出の割合を出し、それを現在の時価に投影する方法です。拠出の合計は2,000万円+1,200万円=3,200万円で、特有分が62.5%、共有分が37.5%。現在の時価2,800万円にこの割合をかけると共有部分は1,050万円、2分の1ルールを当てはめれば夫の取り分は525万円という計算になります。

考え方B:増価分をつかまえる

もうひとつは、リフォームによって実際にいくら価値が上がったのかを直接測る方法です。

リフォーム直前の時価は、相続から6年が経過して建物の経年減価が進んでいたため1,850万円だったとします。工事直後の時価は2,700万円。差額の850万円が、1,200万円の工事が生んだ価値の増加です。投じた金額の約7割にとどまるのは珍しくありません。その後4年で内装や設備の効果は目減りします。設備の経済的な耐用年数を踏まえて残存割合を8割と見れば、残っている増価は850万円×0.8=680万円。夫の取り分は340万円です。

差が出る理由と、どちらを使うか

項目考え方A(拠出割合)考え方B(増価分)
分与の対象額1,050万円680万円
夫の取り分(2分の1)525万円340万円
必要な価格時点相続時・現在工事の直前・直後・現在

差は185万円です。考え方Aは計算が簡単で資料も少なくて済む一方、工事費が価値に結びついていない場合でも共有部分が過大に出やすくなります。考え方Bは実際に生まれた増加をつかまえるので理屈の上では正確ですが、過去の時点の価格を評価する必要があり、残存割合をどう置くかという判断も入ります。

資料の残り具合と争いの大きさで選ぶことになります。断言しますが、この選択は結論を左右します。どちらの方法を採るのかを説明できる状態にしておくこと自体が、主張の一部です。按分の当否や増価分を対象とするかの法的判断は弁護士の領域であり、私たち鑑定士がお引き受けするのは、その土台になる各時点の価格を根拠のある手順で示すことです。

評価の実務──必要になるのは「複数の時点」

現在の時価だけでは足りない

不動産の価格は、いつ時点の価格なのかを決めて初めて意味を持ちます。不動産鑑定評価基準は、価格判定の基準となる日を「価格時点」と定め、明示することを求めています。相続不動産が絡む事案の難しさは、その価格時点がひとつでは足りないところにあります。

相続した時点の価値は特有財産の出発点、増改築の直前と直後の価値は夫婦の資金が生んだ増加分の測定に、現在の価値は実際に分ける金額の基礎に要ります。過去の時点の評価は当時の取引事例や地価の推移をたどるため、現在の評価より手間がかかります。

相続税評価額をそのまま持ち込めない理由

相続税の申告に使った評価額を使えないかというご相談をいただきますが、性質が違います。土地の相続税評価額は路線価をもとに計算され、路線価は地価公示価格の8割程度の水準を目安に設定されています。建物は固定資産税評価額で、実際の建築費や市場価値とは別の物差しです。ひとつの不動産に複数の価格が併存する理由は「時価」とは何か──1つの不動産に4つの価格がある理由で整理しました。相続税評価額を基礎にすると相続した側に有利な数字が土台になりがちで、相手方から異議が出ます。

費用と、税務上の注意

過去の時点をさかのぼる手がかりは、場面4で挙げた資料に加えて工事前の写真です。どこをどう変えたのかが視覚的にわかると、増価の説明が一気に具体的になります。

当事務所では、話し合いの土台をつくる価格等調査報告書を10万円〜15万円、調停・訴訟を見据えた鑑定評価書を20万円〜60万円(いずれも税別)で承っています。相手方の査定書の検証だけであれば、5万円〜のセカンドオピニオンもご利用いただけます。なお、相続した不動産を財産分与で渡す場合、清算の実質がないとみられて不動産取得税が課税される扱いになることがあります。税金の取扱いは必ず税理士にご確認ください。

まとめ

相続でもらった家は、財産分与の対象外が原則です。しかしその原則は、婚姻中に夫婦のお金と労力が入った瞬間から部分的に崩れます。崩れた先で必要になるのは、どこまでが特有でどこからが共有かを示す数字です。要点を振り返ります。

  • 相続で得た不動産は民法第762条第1項の特有財産にあたり、分与の対象外が原則
  • 2026年4月1日施行の改正民法第768条第3項は、財産の「取得」だけでなく「維持」への寄与も考慮要素として明示している
  • 原則が崩れる典型は、婚姻中の資金による増改築、相続財産を原資とした買い替え、収益物件を家計で回した場合、資料が無く特有だと示せない場合の4つ
  • 按分には拠出割合による方法と増価分を直接測る方法があり、同じ事案でも結論が数百万円変わることがある
  • 相続税評価額は財産分与の時価と別物。路線価は地価公示価格の8割程度の水準が目安で、そのまま持ち込むと争いになる
  • 相続不動産が絡む事案では、相続時・増改築の前後・現在という複数の価格時点が必要になる

実家を相続して住み続けてきた方、配偶者が相続した家に夫婦で手を入れてきた方、そして依頼者の特有財産の主張を組み立てられる弁護士の先生にとって、この線引きは金額そのものを決める作業です。「相続したものだから関係ない」で止めず、資料が残っているうちに数字を押さえる順序をおすすめします。法的な当否の判断は弁護士に、税務の取扱いは税理士にご確認ください。

相続した不動産が絡む離婚の評価でお悩みの方、依頼者の特有財産の主張を支援される弁護士の先生は、初回無料相談をご利用ください。複数時点の評価が必要かどうか、その見立てからお答えします。

免責事項

本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。

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